【リフレーミングに違和感がある】─自己肯定感の罠、前向き教の罠


  • 「リフレーミングに違和感があるのは私だけ?──自己肯定感の罠と、その正しい使い方」

  • 「前向きになれなくてもいい。リフレーミングがしんどい理由と対処法」

  • 「“前向き教”に疲れたあなたへ。リフレーミングの副作用と正しい処方箋」


🐙そもそもリフレーミングってなに?

物事の「見方(フレーム)」を変えること。
同じ出来事でも、視点や言い方を変えるだけで、意味や気持ちが変わるっていう考え方のこと

🐙言葉の言い換えとしてのリフレーミングって?

ネガティブに聞こえる言葉を、ちょっとポジティブに言い換えること。
印象や気持ちをやわらかくする言葉の工夫のこと。


例はこんな感じ:


元の言葉          リフレーミング(言い換え)
わがまま           意思がはっきりしている
飽きっぽい        好奇心旺盛/切り替えが早い
頑固                  意志が強い/芯がある
空気が読めない  自分の考えを大事にできる


本題そして疑問:リフレーミングって本当にいいこと?

自己肯定感の本を読んでいると、よく出てくる「リフレーミング」という考え方。

共感はできる。やった方がいいなとすら思う。

「落とさないように運んでね」より「しっかり運んでね」の方が効果があるとかそういう。

けど、同時にものすごく違和感も感じる…これだけで本当にいいの…?か?な?

私はその言い換え「ちょっとしんどいな」と思い、その違和感を考えてみました。


違和感の正体:「自分の感覚を無視してない?」

自己肯定感が低いときに、前向きな言葉を“かぶせる”のって、
心の中の「本音」を置いてきぼりにしてしまうことがあるんです。

  • つらいと思った

  • 腹が立った

  • モヤモヤした

この“素直な感情”を感じきる前に、
「でもこれも成長のチャンスだよね」なんてポジティブな言葉を使っても、
どこか空回りしたような感覚になってしまう。


実例:都合のいい「ポジティブ」はガスライティングになる

ときには、リフレーミングが人を操作する道具として使われることすらあります。

「痛みや疑問をポジティブに変換してしまう力」があるからこそ、
集団やリーダーにとって都合のいい前向きな奴隷をつくることにも使えてしまう。

  • 😎「そんな風に思うのはあなたの心の問題じゃない?」

  • 😎「これは修行だよ、ありがたい経験なんだよ」inブラック企業

  • 😎「ネガティブになるのは感謝が足りないからだよ」

こう言われると、
「私の感じた苦しみって、間違ってるの?」
と、自分を責める方向に引っ張られてしまいます。

健全な怒り不当な扱いへの違和感すら、美化されてしまう。


これはもう、ガスライティングに近い構造。
「前向きさの押しつけ」は、カルト的な空気すら生むことがあるかも。


リフレーミングはあくまで「道具」万能ではない

リフレーミングが“悪”というわけではありません。
うまく使えば視点を切り替えたり、気持ちの整理がついたりするツールです。

ただし、それ単体では不完全

リフレーミングは「解釈の枠組み」を変えるだけで、
現実の状況そのものを変えたり、問題の根っこを解決することはできない。

たとえば:

  • 「ブラック企業で働いてるけど、これは修行だ」→一時的には持ちこたえられても、状況は悪化する一方
  • 「モラハラだけど、相手にも事情があるのかも」→問題がスルーされて関係が壊れていく

👉 認知を変えることと、現実を改善することは、別のアクションが必要。


リフレーミングを安全に使う3つの補助⭐︎大事🧚

  1. 感情の受容
     → まず、「今どう感じたか?」を丁寧に受け止める

  2. 批判的思考
     → 状況や相手に問題があるとしたら何か? 自分だけの問題にしない

  3. 問題解決の行動
     → 必要なら環境を変える、距離を取る、誰かに助けを求める

このプロセスを踏まずに、リフレーミングだけで心を整えようとすると、
逆に自分の声が聞こえなくなってしまいます。

この部分がとてもとても大事だと思う。これを誰かに伝えたくて記事を書いた。


まとめ:

「リフレーミングってなんかしんどい」
「ポジティブな言葉にモヤっとする」
この感覚は、あるのが自然だと思う。

大切なのは、“前向きであること”よりも、“自分の正直な感情を尊重すること”。
リフレーミングは、その後に使えばいい。

プロセス🧀が大事!

言葉に騙されず、自分の心の声に耳を澄ませてあげてください

(追記・それ自分の心の声に耳を澄ます具体的な方法として

「ジャーナリング」があります。それについての記事も書きました!


リフレーミングの位置づけとしては:

  • 元気がちょっと出てきたときの“ストレッチ”みたいなもの
  • いきなりやるものじゃなくて、「少し回復してきたら試してみてもいいよ〜」くらいの感じが合う
  • 無理にやると、「ポジティブにすらなれない私…」って逆に落ちることがある(落とし穴ポイント)


「ツールのひとつ。必要なときだけ取り出す道具」
って思っておくと、心が楽になる。



あとがき

この話、自分の中でも長くもやもやしてたことだったけど、
言葉にしてみてようやく整理できました。

もし同じような違和感を感じたことがある人がいたら、
少しでもヒントになれば嬉しいです。


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