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期待しすぎるのは執着、今を言い聞かせて満足するのは違和感 ― すり替えないようにするために

  1. 期待と満足、どちらも大事だけど… 「何か楽しいことが起きたらいいな」 「こんな未来だったら幸せだろうな」 そういう期待って、生きるうえで自然なものだと思います。 でも、この期待が大きすぎると、不思議なことに今がどんどんつまらなく感じたり、不満が増えたりします。 じゃあ逆に 「今あるもので満足しよう!」 と思えば心は落ち着くかというと、そうでもない。 「本当はもっとこうしたい」「本当はこれじゃない」 っていう小さな本音を抑え込んでしまうと、心のどこかに違和感が残ります。 期待しすぎても苦しくなる。 満足しすぎても諦めになってしまう。 結局このふたつって、どちらもバランスが必要なんですよね。 2. 期待が執着に変わると… 期待は希望にもなるし、行動のエネルギーにもなります。 でも、期待が 「執着」 に変わると話は別。 「こうならないと幸せじゃない」 「まだ叶わない、まだ足りない」 そんなふうに未来だけを見続けてしまうと、今の自分はずっと不満だらけになります。 本当は楽しいことも、目の前に少しはあるのに、見えなくなってしまうんです。 3. 満足が「諦め」にすり替わると… 逆に「今あるもので満足しよう」と自分に言い聞かせすぎると、 本当の望みや不満を見ないふりしてしまうこともあります。 「こうしたい」「もっと良くしたい」っていう感覚は、成長の種。 でも、それを「我慢=満足」と勘違いして押さえつけると、 ただの諦めにすり替わります。 「満足」と「諦め」は、全然ちがう。 自分の意思で選んだ時だけ、本当の満足になります。 4. 要注意「今を楽しもう」という言葉の罠 「今あるもので楽しもう」「不満を言うのはよくないよ」「もっと柔軟に考えたら?」 これらは一見、ポジティブで優しい言葉。 けれど、前提がそもそも健全でない場合はどうでしょうか。 「不満を口にするな」「問題を見つけるな」「改善を求めるな」 という意味にすり替わることにもなると思います。 その結果、自分の本音も、感覚も、疑問も封じ込めてしまい、 ただそこに従うだけの状態に。 「今を楽しもう」という言葉が、 実は “現状に疑問を持たせないための道具” として使われたら…? 本当に恐ろしいのは、このすり替えがすごく自然で、気づきにくいこと。 ...

「だらしなさ」と「休むこと」は違う?自分を責めずに向き合う方法

・動けない自分は甘え?休息?それを見極めるシンプルな考え方 ・ 「小さくても改善してみよう」「やれる範囲で整えよう」って提案する記事 はじめに 「やらなきゃいけないのに動けない」 「休みたいけど、怠けてるだけなんじゃないか?」 こういう感覚、きっと多くの人が一度は経験していると思います。 特に、病気や心の不調のときは、ただ動けないだけなのに「自分がだらしないからだ」と思い込んでしまうことも。 今回は、そんな「だらしなさ」と「休憩」の違いについて整理しつつ、逃げや罪悪感とどう向き合うかを書いていきます。 ⸻ 1. 「だらしなさ」と「休憩(回復)」の違い 表面的には「動かない」という同じ行動でも、内側の理由は大きく違います。 • だらしなさ(さぼり) →  本来やるべきことがあるのに、自分の意志で後回しにしたり怠けたりする状態。 → 多少の罪悪感があっても「動こうと思えば動ける」状態。 → 身体や心が限界ではないのに、やる気が出ない・面倒・楽を選ぶ場合が多い。 • 休憩(病気や心の疲労) → 本当はやりたい・動きたいのに、心や体が 疲れていたり傷ついていたりして ブレーキをかけている。 → エネルギーが枯渇していて、 無理に動くとさらに悪化する。 → 罪悪感や焦りがあっても、休息が必要不可欠。 ポイントは 「意志の有無」 と 「エネルギーの残量」 です。 動きたくても動けないときは、休息が必要なとき。 だらしないと感じる自分にも、実は理由があるのかもしれません。 ⸻ 2. 「ラクを選んでもいいのか?」問題 よく「怠けちゃいけない」「楽を選ぶのは甘え」と言われますが、本当にそうでしょうか? 実は「ラクを選ぶこと」は、悪いことではありません。 問題は「短期的に回復するため」か、「望む未来から逃げ続けているか」です。 疲れているときに「ラク」を選ぶのは自然で必要なこと。 しかし「ずっとラクを選び続けた結果、望むものが遠ざかっている」としたら、そこには向き合う必要があります。 小さいまとめ 「ラクを選んでもいい。ただし、自分の望む未来と矛盾しない範囲で。」   • 短期的なラク(楽な方を選ぶ) → 心や体が今疲れているときは「正しい選択」。 → 無理すると壊れる。 → 休んでエネルギー回復 → 再び行動、が自然なサイクル。 • ...

未熟さは受け入れられても、だらしなさは我慢できない理由。健康的な人付き合い

未熟さは受け入れられても、だらしなさは我慢できない理由。 健康的な人付き合いの基準について ① はじめに 「人付き合い難しい」と感じること、誰でもある。 特に相手の欠点やクセに気づいた時、「どこまで許せるのか?」の線引きは悩みどころ。 その答えを自分の中でシンプルにまとめた。 ② 未熟さは許せる理由 人はみんな未熟さを抱えて生きている。 経験不足・不器用さ・迷い、そんなものは誰にでもある。 未熟さ=成長途中の証。 「これから良くなろう」という意志が感じられる人には、自然と応援したい気持ちがわく。 ③ だらしなさは我慢できない理由 一方で「だらしなさ」とは、 やるべきことをやらず、自分も他人も困っているのに改善しようとしない状態 。 →放置グセ、責任回避、誠意のなさ、周りへの無関心。 未熟さは「仕方ない」けど、だらしなさは「選んでいる行動」。 その差が、私が線引きをしているポイント。 ④ 理解と見極めの難しさ ときどき、 だらしない人は「未熟さ」を装う。 逆に、本当に体調や心の問題で生活が崩れてる人もいる。 ここは一番大切な見極めポイント。 「改善する意志があるか?」が本当の分かれ道 。 【だらしない人から自分を守るコツ】 「改善しようとしているか」を見る 失敗や未熟さは誰にでもあるもの。でも「どうせ無理」「面倒だからやらない」と開き直って努力しない人は、だらしなさのサイン。 反対に、不器用でも小さく改善しようとしている人は信頼できます。 口だけじゃなく行動を観察する 自己愛性タイプは「俺はやる」「私はできる」と言葉だけ立派。でも実際の行動が伴わないことが多いです。行動の積み重ねが、その人の本質。 違和感を無視しない だらしない人と付き合っていると、どこかで「なんかおかしい」「私ばっかり負担してる」と違和感を覚えます。その小さな感覚を大事にすることが、自分を守る第一歩。 ⑤ おわりに 自分がどんな人と関わりたいかをはっきりさせることで、人間関係のストレスは減る。 相手も自分も未熟さはあるけれど、 だらしなさには引きずられない選択をしたい。 そんな基準を持つことで、自分の時間やエネルギーを大事にできると気づいた。

「現実逃避」と「創作の世界」の違い

・創作は麻酔か希望か ・現実逃避と創作の境界線 ・フィクションは麻酔にも、希望にもなる 1. はじめに 私たちが日常で触れるアニメ、漫画、ゲーム、小説。 そのどれもがフィクションの世界ですが、 不思議と「現実逃避」と「生きる力になる創作」は、まったく違うものに感じます。 じゃあ、違いはどこにあるんだろう? 最近の体験から、その答えが少し見えた気がしたので、まとめてみます。 2. 「現実逃避」と「創作の世界」は似ているようで全然違う 一見すると、どちらも「現実ではない別世界」に行く行為です。 でも本質的には、こんな違いがあります。 現実逃避 → 心を麻痺させ、現実を忘れるための行動 創作 → ワクワクや希望を感じ、自分の中に力をくれるもの 創作の世界に触れたあと、 「元気が出た」「自分も何かしてみよう」と思えるものは、現実逃避ではありません。 それは、作り手の中にあった希望や熱意が作品を通じて、 ちゃんと受け手に届いているから。 3. 「消費だけのフィクション」に潜む違和感 アニメやゲーム、漫画が大量生産される現代。 私も一時期、「なんとなく見るけど…みてるだけ?」という感覚がありました。好みと違う、という部分もあると思います。 おそらくこれが、 「生きる力をくれる創作」ではなく 「現実を忘れるだけの麻酔作品」だったのだと思います。 表面的には華やかで面白そうに見えても、 体験後に「空っぽ」になったり、逆に「もっと現実から逃げたくなる」なら要注意。 4. 「消費だけ」に潜む…シークレット これかも!って理由を書いたけど…公開するのはリスキーかもと思って…非公開。 どうしても読みたい人になんか別の形で公開する…かも? 今は自分の中で静かに持っておきます。

フットワークが軽い人・重い人 重いとダメ?心と体の関係性

はじめに 「フットワーク軽い?重い?行動パターンがわかると、人間関係や仕事にも役立つ」 行動力がある人は「フットワークが軽い」とよく言われます。 一方で「腰が重い」「動くのが億劫」と感じることも。 実は、心だけじゃなく“体”も大きく影響しています。 1️⃣ フットワークが軽い人の特徴 思い立ったらすぐ行動 選択を迷いすぎず決断が早い 新しい場所や人にも柔軟に対応 行動が気持ちのリズムを作る 👉行動力がある人は、体が健康的で心も整っていることが多い。 疲れにくく、身軽に動ける状態が、行動の心理的ハードルを下げています。 2️⃣ フットワークが重い人の特徴 考えすぎて動けなくなる 「まあ、いっか」「今度でいいや」が口癖 体力がなく動くのが面倒に感じる 新しいことに対して慎重すぎる 👉これも実は防御本能の一つ。 慎重さはリスクを減らす強みでもあります。 特に「直感的に嫌な予感」をキャッチできるのは、フットワーク重めな人の長所です。 3️⃣ 体と心はセットで軽くなる 「フットワークの軽さ」には心と体、両方のバランスが大事。 💡 スリムで健康的な体 は、動くことへの抵抗が減ります。 たとえば軽い散歩や運動を習慣にすると、 「行動=面倒」から「行動=楽しい」に変わることも。 ・物理的に疲れにくい ・動くことに億劫さがない ・自信も自然と出やすい →結果、行動への心理的ハードルが下がる! 逆に体が重く不健康だと、 気持ちも内向きになりやすく、行動が鈍くなります。 ・心の中の整理(思考、感情) ・体の状態(健康、睡眠、運動) この 2 つが整ってると、行動の軽さが自然に上がる。 4️⃣ バランスが大切 結局のところ、 フットワークの軽さも重さも「良い面」と「悪い面」を持っています。 ✅軽い人 → 行動力はあるが、時に浅くなりやすい。 ✅重い人 → 慎重さはあるが、行動が遅れやすい。 実は「フットワークが重い=悪い」ではなく、 じっくり考えて慎重に選ぶ っていう大事な特性が隠れてる。 特に人間関係や環境選びみたいに、失敗したらダメージが大きい場面では フットワークが重い人の「一歩を踏み出すまでの熟考力」がむしろ武器になる。 大事なのは、 ・「軽さ」と「重さ」を使い分け...